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福島地方裁判所 昭和48年(ワ)252号 判決

原告

野地利喜夫

被告

安斎昭英

ほか一名

主文

被告らは各自原告に対し金四〇五万八六七三円および内金三四五万八六七三円に対する昭和四五年三月三〇日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの、各負担とする。

この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは各自原告に対し金一二〇六万九一三五円および内金一〇六四万九一三五円に対する昭和四五年三月三〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四五年三月三〇日午後五時四〇分頃

(二)  発生地 福島県安達郡安達町上川崎字山崎三六番地先路上

(三)  加害車 普通貨物自動車(福島四は七六五一号、以下乙車という。)

運転者 被告安斎

(四)  被害車 自動二輪車スズキ八〇CC(安達町か五四八号、以下甲車という。)

運転者 原告

(五)  態様 原告は二本松市より肩書地の居宅に向け右地点を甲車を運転し、時速三〇キロメートルで進行中、右路上左側に停車中の乙車が停車信号のまま後方不確認安全運転義務に違反し、斜右前方に発進して原告に接触して路上に転倒させた。

(六)  被害者原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。

外傷性頸椎症、左下腿右膝頭部左頸部打撲傷等の傷害を受け、常時後頭部頂背部腰背及下肢痛を訴え、左手のしびれ、異常感覚等の症状があり、またコルセツトを装着して通院加療中である。

二  (責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告服部は、加害車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告安斎は、事故発生につき、前記のとおり後方不確認安全運転義務違反の過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。

三  (損害)

(一)  治療費等 金九三万四六四七円

1 医療費 金四九万二六五〇円

(1) 木村整形外科医院 金四七万八二七六円

昭和四五年四月九日から昭和四八年九月下旬まで通院治療実日数三九一日

(2) 水野医院 金四九七九円

昭和四五年三月三一日から同年四月一一日まで、通院治療実日数九日

(3) 斎藤医院 金七八四五円

昭和四五年七月八日、九日の二日間

(4) 枡外科医院 金一五五〇円

昭和四六年五月二五日から同年八月一二日まで、通院治療実日数五日

2 将来支払うべき見込医療費 金三〇万円

3 通院費 金一一万一九九七円

4 通院雑費 金三万円

(二)  稼働不能による農作業人夫費用、後記の内金八〇万二七三七円

昭和四五年 一四三名 金三一万四六九二円

昭和四六年 七六名 金二〇万六四六二円

昭和四七年 六四名 金一七万〇八七五円

昭和四八年 五六・五名 金一九万〇八一〇円

計金八八万二八三九円

(三)  逸失利益 金六四一万一七五一円

1 原告は和牛一頭、水田一町二反四畝、桑畑六反九畝、普通畑二反三畝二五歩、山林原野一町七反六畝十六歩を有し妻孝子を補助者として農耕に従事し之迄事故負傷のため稼働不能で他人を傭い入れて辛うじて農業経営に従事して来たが本訴提起後五年間は稼働不能とみられるから五年間の逸失利益を計算すると左記の通りである。

(1) 水田よりの米の収穫一〇八俵、四等米一俵八〇七四円計八一万三八五九円

(2) 売桑一反五畝三九〇〇キロ、一キロ四〇円 計一五万六〇〇〇円

(3) 養蚕収穫 春蚕七〇グラム掃立、二四五キロ、単価一九四四円 計四七万六二八〇円

夏蚕五五グラム掃立、一六五キロ、単価一八〇〇円 計二九万七〇〇〇円

秋蚕八五グラム掃立、二九七・五キロ、単価一八〇〇円 計五三万五五〇〇円

(4) 小麦、二反三畝二五歩、一九俵、一俵三四〇九円 計六万四七七一円

(5) 大豆、二反三畝二五歩、六俵、一俵八〇〇〇円 計四万八〇〇〇円

以上合計二三九万一四一〇円の粗収入となるが、必要経費三割を差引けば一六七万三九八七円となる。原告は農耕の余暇に季間労務者として稼働する外は専ら農業に従事し、永く飼育し農耕作業に従事させた和牛も原告の稼働不能のため廃牛の余儀なきに至つた次第で同人の農業寄与率は七割とみるのが相当であり更に生活費二割五分を差引けば一ケ年の逸失利益は金八七万八八四二円となる。之を五年の複式ホフマン式係数で計算すれば金三八三万一七五一円となる。

2 季間労働賃金 二五八万円

原告は昭和四五年十二月一日より日産自動車株式会社座間工場で、食費住居費等生活費差引き手取二二〇〇円で稼働することになつていたが、本件受傷のため不能となり一二〇日間の利益を逸失した之を計算すると二六万四〇〇〇円となる。原告は爾来毎年稼働する予定であつた。四六年度は一日二五〇〇円、四七年度は二八〇〇円となつたから、四六年度は三〇万四七年度は三三万六〇〇〇円で之まで計九〇万の逸失利益となる。

物価の上昇に伴い賃金は漸増するものと思われるが、原告は向後五年間は稼働不能であるから一日二八〇〇円として年間一二〇日の稼働とすれば合計一六八万円の逸失利益となる。以上合計すると二五八万円となる。

(四)  慰謝料 金三〇〇万円

原告の本件傷害による精神的損害を慰謝すべき額は、前記の諸事情に鑑み金三〇〇万円が相当である。

(五)  損害の填補

原告は自賠責保険から既に金五〇万円の支払いを受け、これを前記損害に充当した。

(六)  弁護士費用

以上により、原告は金一〇六四万九一三五円を被告らに対し請求しうるものであるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告は弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、弁護士会所定の報酬範囲内で原告は金七一万円を手数料として支払つたほか、成功報酬として金七一万円を第一審判決言渡後に支払うことを約した。

四  (結論)

よつて、被告らに対し、原告は金一二〇六万九一三五円および内金一〇六四万九一三五円に対する事故発生日である昭和四五年三月三〇日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第四被告らの事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(四)は認める。(五)(六)は争う。

第二項は争う。

第三項は不知。

但し原告が自賠責保険金五〇万円の支払をうけたこと、本訴を原告代理人に委任したことは認める。

二  (抗弁)

(一)  免責

本件道路は東和町と安達駅と東西に通ずる県道であり、本件事故当時は砂利道であつた。

被告安斎は西から東に車両を運転し来り、本件接触現場(但し被告車両のバツクミラーと原告の自動二輪車のハンドルが接触したのみで原告の身体は被告車両に接触していない。)の約三・四メートル手前の路上左側に車両を停車させ、同乗者の一人を降車せしめた。しかして右車両には他のものも同乗していたのでこれらのものを運ぶべく後方を確認し、後方より何ら車両のこないのを確認したので方向指示器を挙げ発進を始めた。

そのときの時速はほんのわずか二、三キロメートルというところであつた。

発進してから後方から相当の速度で突込んでくる自動二輪車を発見、直ちにブレーキをかけたが車両停止寸前で右車両のハンドルに自己の車両のバツクミラーを接触せしめられてしまつた。

当時の天候は小雨であり原告は頭にカツパのおおい(ガントー)をかぶり口を手拭でふさぎこのスタイルを実況見分中も続けた。

原告の自動二輪車は倒れたが、原告は倒れたわけではなく道路右方の土手の中頃に立つていた。

以上の次第で本件事故は原告の前方不注意と自動二輪車を高速で疾走せしめた過失に基づくものであつて被告側には何ら過失はなく、又その運転車両には機能上、構造上の欠陥は存しなかつた。

(二)  消滅時効の援用

仮に、被告らに賠償責任があるとしても、原告の損害賠償請求権は本件事故発生から三年後である昭和四八年三月三〇日の経過により消滅したので、本訴においてこれを援用する。

なお、原告主張の書面がその主張の日時に被告に到達したことは認めるが、時効中断の主張は争う。

第五抗弁事実に対する原告の認否

一  抗弁(一)は争う。

二  同(二)は争う。

原告は被告に対し昭和四八年三月三〇日到達の書面で本件損害金の支払を請求し、同年九月二八日本訴を提起したので、消滅時効は中断された。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  (事故の態様と責任の帰属)

原告主張請求の原告第一項(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いない。

そこで本件事故態様について検討する。

各成立に争いのない甲第二一二、第二一三号証、証人菅野昭一の証言、原告、被告安斎(一部)の各本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせると次のような事実が認められる。

原告は甲車を運転し時速約三〇キロメートルの速度で進行し、本件事故現場にさしかかつたところ、乙車が停車信号を表示して前方左側に停車していたので、発進するとは思わず、そのまま進行し、乙車の後方右側まできたときに、乙車が急に右にハンドルを切つて動き出したため、乙車右フエンダーとバツクミラーに接触し、約四メートル進行して転倒したこと、被告安斎は被告服部方の大工見習をしている人達を乙車に乗せ本件事故現場で人を降ろしたが、乙車の前方に人が立つていたのに気をとられ、発進の点滅信号を表示したものの、後方を確認することなく、ハンドルを右に切つて発進したため、乙車の右側を進行中の原告に気付かず、前示のように接触したこと。

以上のような事実が認められ、証人菅野昭一の証言、原告、被告安斎の各本人尋問の結果中右認定に反する供述部分は前掲採用の証拠に照らして措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実によると、乙車を運転していた被告安斎は、本件事故につき、自動車運転手として遵守すべき後方確認の注意義務を怠り、そのため本件事故を惹起しているのであるから、本件事故につき、不法行為者として損害賠償責任を負わなくてはならない。

成立に争いのない甲第二三七号証の一四、一五、被告安斎本人尋問の結果によれば、被告服部は乙車を所有し、これをその営む大工業務の用に供し、運行供用者の地位にあたることが認められ、右認定に反する証拠はないので、被告服部は、運転手たる被告安斎に前記のとおり過失が認められる以上、免責される余地なく、本件事故につき運行供用者として損害賠償責任を負わなくてはならない。被告の消滅時効の抗弁は、原告主張の書面の到達(この点は当事者間に争いがない。)により中断していることが明らかである。

なお被告らは原告に前方不注視の義務違反があつた旨主張し、乙第一号証、被告安斎本人尋問の結果中には右主張にそうが如き供述が存するが、原告本人尋問の結果に照らして措信できず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

二  (損害)

(一)  (事故と傷害の関係)

原告が本件事故により、いかなる傷害を受け、その回復のため、いかなる治療を必要とする事態となつたかにつき検討する。

各成立に争いのない甲第六ないし第八号証、第一五ないし第三〇号証、第二三七号証の一ないし一五、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせると、次のような事実が認められ右認定に反する証拠はない。

原告は本件事故により外傷性頸椎症等の傷害を受け、次のとおり治療を受けた。

(1)  水野剛医院 昭和四五年三月三一日から同年四月一一日まで一二日間(治療実数九日)

(2)  木村整形外科医院 昭和四五年四月九日から昭和四八年八月まで(治療実数三八三日)

原告は症状は昭和四八年八月現在で固定し、第四、第五頸椎部に圧痛、叩打痛があり、腰部後屈運動痛を訴える程度になり、レ線では特に著変を認めない。

右認定事実によると、原告の本件事故により受けた傷害は、昭和四八年八月をもつてほぼその外科的療法を終り、原告は右時点である程度の後遺症状を有するに至つたものの、その労働能力喪失の割合はこれを判定することが困難であるので、慰謝料算定の際に斟酌する。

なお原告は斎藤医院及び枡外科病院でも治療を受けた旨主張し、甲第九号証、第二九号証によれば、原告が昭和四五年七月九日斎藤医院で、昭和四七年に五日間枡外科病院で治療をうけたことが認められるが、原告はその当時は木村整形外科医院で治療中であつたことは前示のとおりであるから、特段の事情の認められない本件においては、原告主張の右治療が本件事故と因果関係があると認めることはできない。

(二)  (治療費等)

(1)  治療費

前記甲第二三号証、第三〇号証、第二三七号証の一ないし一五によれば、原告は治療費等として、水野医院に四九七九円、木村整形外科医院に八〇万一九八〇円、コルセツト代として八七〇〇円計八一万五六五九円を支払つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は将来必要とする治療費三〇万円の請求をしているが、前示のとおり既に症状が固定した以上これを請求することはできない。

(2)  交通費

原告が木村整形外科医院に治療のため三八三日、水野医院に九日通院したことは前示のとおりであり、原告本人尋問の結果によれば、木村整形外科医院へはバス代片道八〇円、水野医院は片道六〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右の事実によると、交通費は六万二三六〇円となる。

右と異なる甲第二三五号証の記載は措信できない。

(3)  原告は通院雑費三万円の支払を求めているが、甲第二三五号証の記載は措信できず、他に右主張を認めるに足る証拠はない。

(三)  (逸失利益)

(1)  休業損害

前掲甲第三〇号証、第二三七号証の一ないし一五によれば、原告は本件事故の翌日である昭和四五年三月三一日から同年一二月七日までの二五二日、同年一二月から昭和四八年八月まで二五二日(通院実数)計五〇四日稼働できなかつたことが推認される。そして、全国農業地域別にみた農家経済の概要(昭和四五年度全国農業地域別比較表)によれば、東北地方の農家の一年間の平均収入は、農業所得一二九万二六〇〇円、出稼等収入二三万九九〇〇円であることが認められるところ、原告の稼働寄与率を七〇%とすると、農業所得は九〇万四八二〇円となる。

そうすると原告は少くとも一年間九〇万四八二〇円と二三万九九〇〇円との合計一一四万四七二〇円の収入を得ることができたというべきであるから、これを基礎にして前記休業期間の補償費を計算すると一五八万〇六五四円となる。

原告は稼働不能による農業用人夫賃の請求をしているが、前示の休業補償費を認めて、これにかえることとする(原告主張の個々の人夫賃と本件事故との因果関係の有無かとうてい認定できないので、)。

(2)  逸失利益

原告は後遺症にもとづく労働能力喪失の割合およびその継続期間に従い、逸失利益の請求をしているが、前示のとおり慰謝料算定の際斟酌する。

(3)  (慰謝料)

前記認定の本件事故の発生事情、治療状況、後遺症状のほかの諸事情を総合すると、本件事故により原告が蒙つた精神的損害は、原告に対しては金一五〇万円をもつて慰謝するのが相当と評定する。

三  (損害の填補等)

そうすると、本件事故と相当因果関係にある原告の損害は金三九五万八六七三円となるところ、すでに五〇万円の支払を受けたことは原告の自認するところであるので、これを前記賠償分金三九五万八六七三円より控除した金三四五万八六七三円が原告において被告らに連帯して支払を求めうる金員である。

四  (弁護士費用)

以上のとおり、原告は金三四五万八六七三円の損害金の連帯しての支払を被告らに求めうるところ、弁論の全趣旨によれば、被告らはその任意の支払をなさなかつたので、原告はやむなく弁護士である原告訴訟代理人にその取立を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で手数料と成功報酬を支払う旨約定していることが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、原告が被告らに負担を求めうる弁護士費用相当分は、六〇万円であつて、これをこえる部分迄被告らに負担を求めることはできない。

五  (結論)

そうすると、原告は金四〇五万八六七三円およびこれより六〇万円を控除した内金三四五万八六七三円に対する事故発生の日である昭和四五年三月三〇日より支払済み迄年五分の割合による民法所定遅延損害金の連帯しての支払を求めうるので、原告の本訴各請求を右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤貞二)

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